長野県飯山市の瑞穂地区福島区にある「福島棚田」。石垣の棚田が特徴で、日本の棚田百選にも選ばれています。
江戸時代に作られたと言われている石積みの福島棚田ですが、経年による劣化や近年の気象の変化によって一部が崩れるなど、今後手を加える必要がある箇所が見受けられるようになりました。
今回、一部が崩れてしまった石垣の修繕を、歴史的な石積みの修復を手掛けてきた専門の職人に依頼し、これを講習会形式で実施しました。
今後の棚田の保全に役立てようと、地元住民や関係団体の皆さんが参加し、作業を体験することで、石積みの仕組みを学び、修繕の概要を知ることができました。この修繕講習会5日間の様子を密着レポートします。
今回の石垣修繕講習会の主催は飯山市、共催は福島棚田振興協議会。令和3年度農山漁村振興交付金(中山間地農業推進対策)により、11月に実施されました。
江戸時代に作られた福島棚田の石垣
福島に石垣の棚田が作られたのは、300年以上も前の江戸時代。棚田の石垣は、戦国時代に城の石垣を作る技術を持った職人が広めたと言われています。
歴史があり、文化的遺産とも言える石垣の農地ですが、過去の減反政策や農家の高齢化などで、荒廃していく棚田が全国的に増えています。
福島棚田では平成10年から、地域の小学生が参加する田植えや稲刈り体験会を開催するなど、棚田を保全する活動が行われています。また、令和2年8月には、棚田地域の持続的発展を目的とした棚田地域振興法に基づき「棚田地域」に指定され、福島棚田振興協議会が発足。以前より活動していた集落内外の団体と共に、棚田の保全や棚田を含めた集落の振興に取り組んでいます。
修繕は石垣の強度と景観維持がポイント
今回修復する石垣はこちら。大人の背丈以上の高さがあります。石垣中央部分の「はらみ」(ふくらみ)により、一部の石がすでに崩れ落ちていました。
今回、石垣を実際に修繕しながら、ポイントを教えてくださるのは、松本市の株式会社 山口石材の山口隆徳さん。墓石をはじめ、国宝である松本城などの伝統的な石垣の修繕も手がけています。
「石垣の修繕のポイントは2つ。景観の維持と安全性を増すことです」と山口さん。
石垣の元々の景観を維持するために、個々の石はなるべく元の位置に戻します。そうすることで、石が足りなくなることも防げるのだとか。
「あまりきれいに直しすぎない」ことも修繕のポイント。周囲にある他の石垣と調和させることも景観の維持になります。
元の石の配置を記録
まずは石の配置を記録するために、石表面の左上の位置にテープを貼り、ある程度グループ化して番号を振っていきます。クレヨンで水平や平行の印を付け、スマートフォンで撮影して記録します。
石垣を解体
記録が完了したら、修復する部分の石を解体していきます。クレーンで石を吊り、隣の田んぼに移動。
石垣の上の石は奥に、下の段は手前になるように並べます。墨で石の上面部分にも番号を書き写します。墨をバナーであぶると数日間消えにくくなるそうです。
石垣を解体しながら棚田の土を掘り起こすと、小さい石がごろごろと出てきました。これは「ぐり石」という、石垣の強度を上げるために裏に詰められる石なのだそう。後でまた使うので、保管しておきます。
初日は石垣の解体で終了。
「今回修繕して何百年持たせられるか。腕の見せどころですね」と山口さん。
今までの300年と、今後の何百年をつなぐ修繕作業なのですね。
石積み作業開始!
翌日から石を積み直す作業がはじまりました。
崩れていた石(白いテープが貼られていない石)は、「元々どう積まれていたかが分からないので、想像しながら積んだ」とのこと。
重い石はワイヤーでくくってクレーンに吊るし、リモコンでクレーンを絶妙に操作しながら配置していきます。微調整しながら、しっくりくる位置を見定めていきます。これはまさに職人技。
石を積みながら、裏側にぐり石を詰めていきます。石垣表面の隙間にも小石を詰めますが、周囲にある石垣と景観をなじませるために、詰めすぎないことがポイントだそう。
石加工の方法も
基本として石は同じ位置に戻しますが、ときには石に手を加えることもあるそうです。
石を削ることを「はつる」と言います。石をはつって、隣り合う石との接地面をより多くさせることで、石垣の強度がアップします。
石垣正面になる部分をちょっとはつって平らにして、バランスをよくしたりも。
大きな石はグラインダーで溝を作り、クサビを差して叩いて割る、などの石職人の技を見せていただきました。
4日目の修繕状況
一部は上まで積みあがりました。石垣を横から見ると、修繕前にはらんでいた部分がしゅっと平らになりました。
午後3時過ぎの時点で、70個ほどの石が残っていました。明日は最終日!
最終日5日目
ぐり石が足りなくなるというハプニングがあり、急きょ石を購入。トラックの荷台いっぱいのぐり石を追加し、以前よりも石垣の強度が増すことになりました。
石垣が安全な高さまで積まれたところで、最後は参加者が表面の石を積み、ぐり石を詰める作業を体験しました。
石積み作業が終わり、いったん完成の記念撮影! 連日おつかれさまでした。
あとは、田んぼを整地したり、白いテープをはがしたりする後片付けです。
今回の修繕では、廃棄物がほとんど出ませんでした。解体して積み直せる。石垣は環境にもやさしい…ということに気がつかされました。
石垣修繕講習会を終えての感想は?
連日のように石垣修繕を見学・体験されていた福島棚田保存会の大月清さん(写真右)と、福島区の住人で協議会の草刈ボランティアもしている小林敏さんに感想をお聞きしました。
大月清さん「実際に作業をしてみて、強度を上げるために裏に積むぐり石が大事だと思いました。石を積んでいる時、山口さんに“石の気持ちを聞いてみて”と言われて。石の座り、ここにいたい、という石の位置を見つけてやるということですが、たまにそんな感じがすることがありましたね。他の棚田や家の周りにも崩れている石垣があるので、これを参考にちょっとやってみたいと思います」
小林敏さん「子供の頃から石垣に興味があったんです。人の手で積まれた石垣は、味があっていいなぁと思います。今回、プロの作業を見て、素人がただ積むのと、修復するのでは意味合いが違うなと感じました。住人の高齢化や予算の面で、大がかりな石垣の修繕をするのは難しいと思うので、今回、このようなかたちでやってもらえてよかったです」
山口さんにもお聞きしました。
山口隆徳さん「今回の修繕は、表面を平らにしすぎたかも。もう少しでこぼこしていてもいいかもしれません。でも、そのうちまたはらんだり、草が生えてきたりして、周囲になじんでくると思います。結果的に、どこを直したの? と、思われるようになるといいですね」
修繕後の福島棚田の石垣
後日、修繕された石垣の全景を撮影。修繕しなかった右部分の色がちょっと違うのが分かりますでしょうか?
300年以上前に作られた石垣の修繕を見学・体験できたのは、貴重な機会でした。
修繕の様子はビデオカメラで撮影され、後から参照できるよう、映像資料として残されました。
福島棚田のアクセス情報
福島棚田は自由に見学することができます。ぜひ石垣の見学にお越しください!
- 福島棚田の入り口にある「休憩小舎さんべ」に駐車場、公衆トイレがあります。
- 今回修復した石垣は、休憩小舎さんべから左側の道を上り、左手に最初に見える石垣です。
- 石垣の棚田のほか、映画『阿弥陀堂だより』の撮影のために作られた「阿弥陀堂」、万仏山へ続く「三十三観音石像」といった見どころもあります。ぐるっとめぐってみてください。
観光スポット情報[信州いいやま観光局]
(撮影・取材:佐々木里恵)